差別

jazzが好きだ。

jazzはアメリカの黒人が造り出した偉大な芸術であり、また黒人差別とともに歩んで来た音楽でもある。

jazzはアメリカという特殊な国でしか生まれ得なかった音楽だが、差別というのはやはりあってはならないものだと思う。

私はあらゆる差別を憎む。

人種差別、女性差別、種差別・・・

私は心から尊敬していて大好きな陶芸作家K先生の工房で作陶をしている。

先生には本当にお世話になっていて、どうやってこのご恩をお返ししたら良いのか日々悩んでいるくらいだ。

先日、その先生のお父様(K先生もそうだが日展の作家さんで、偉大な陶芸作家だった)の一周忌に行って来た。

一周忌にお食事会はつきもの。

本来なら私なんかが参加できるような場所ではないのだが、先生は工房に通う若手陶芸作家全員を招待して下さった。

バイトをしながら、その合間に作陶をしギリギリで生活をしている私達貧乏陶芸作家。

お前ら普段ろくなもん食べてないだろう、との先生の優しさからのことだ。

とあるホテルで自分の名前の書かれた席に座り、次々に出される高級料理の数々・・・ヴィーガンに食べられるものなんて何一つない。

『なぜ食べないの?』

『菜食主義なんです』

『まさかダイエットじゃないでしょううね?』

『いえ、菜食主義なんです。動物が好きだから食べたくないんです』

近くに座る品のいい老婦人に五万回も『菜食主義』だと説明をするが、彼女は『まったく近頃の若者はわがままで常識がない』と言いたげだった。

永遠のように感じるその一時間の間、私の為に次々と出される死体料理の数々・・・

もちろん先生は私がヴェジタリアンだということをご存知だ。

だが、そういう席では気を使って食べるだろう、というのが世間の常識のようだ。

私のような人間はただの融通のきかない頑固者になってしまう。

こういう場所なんだし高いお金を払っているのは先生なんだし、せめて野菜くらいは食べるのがスジだろう?というまわりからの無言の圧力。

理解してくれないまわりを憎むよりも、先生に対する申し訳ない気持ちでいっぱいになり、私は鰹だしで調理された煮野菜に箸をつけた・・・

もう二度と動物の死体を口にすることはない、と心に誓いホームヴィーガンを卒業した私だったのに・・・

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私はまわりと同じことをするように強要し、自己主張をただのわがままだと考える、こういう日本の風土を憎んでいるが、その中で、相手によっては自己主張をすることも出来ない情けない人間だ。

結局、まわりのノンベジの人からは融通のきかない頑固者だと思われ、ヴィーガン仲間からは意思の弱い中途半端なヴィーガンだと思われてしまう・・・というか、実際そうなんだろう。

昨日この話をしたら、イギリス人ヴィーガンのjohnはhuman rightsという単語を使った。

人権・・・

johnはいつも私の目から鱗を落としてくれる。

私はいつもまわりに気を使ってばかりいたが、私にも権利があるのだ。

ヴィーガンとして生きる権利があるのだ。

そして、今のこの社会がいかにヴィーガンやヴェジタリアンに対する差別であふれているかに気付いた。

私は何も遠慮する必要なんてなく、この差別と戦っていくべきなんだ。

世界中からあらゆる差別はなくなるべきで、そうすれば私達ヴィーガンも愛する動物達もみんなが幸せに生きていけるんだ。

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私は自分に嘘をつくのが嫌だから、お金の為に嫌な仕事をして生きて行きたくない。

そう思って陶芸作家という生き方を選んだはずなのに、ヴィーガンである自分にまた嘘をつこうとしていた。

まだまだ見えていないこと、気付いていないこともあるだろうけど、これからはこの差別と戦っていこうと思う。

この素晴しい世界に差別は必要ないからね。

いつも本当にありがとうjohn。

これからもよろしく。

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What a Wonderful World

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