Sad Taiji

the cove太地に行ってきた。

見たくはなかったが本当にあの入り江にはイルカ達がいて、私が帰った翌日に殺されたらしい。

情けないんだけど、なんだかまだ傷が癒えていなくて、うまく文章にできるのかわからない。

facebookに太地で撮った写真や動画をアップしているので見れる人は見て欲しい。

一緒に行ったのはアメリカ人のstevenとkristy、カナダ人のmimi。

私以外みんな外国人だ。

この日本で起こっている残虐なイルカ猟を止めさせる為に活動をしている人の多くはなぜ日本人ではないのだろう?

なぜこうも多くの日本人は臭いものに蓋をしたがるのだろう。

太地でkristyとタクシーに乗った時、運転手はすぐにこう言った。

『お客さん、グリンピースって知ってる?』

小さな田舎町で外国人は目立つ。

そしてあの町にやって来る外国人はみんなgreenpeaceをはじめとする、イルカを愛する人々。

『グリンピース?なんですか、それ?』

と、とぼけると運転手は安心したのか、いろいろと話しだした。

少し前まで太地にgreenpeaceが来ていたこと、彼らには菜食主義者が多いこと、イルカもクジラも同じ動物でそれらを獲ることも食べることも太地の人々にとっては文化だということ・・・

私はこの『文化』という言葉は本当に危険だと思う。

文化とか伝統という言葉を使うと思考を停止してただ同じ事を繰り返せば良いと思っている人間があまりに多すぎるからだ。

ちょっと考えたら、文化とか伝統というものも誰かが始めた時には新しいことだったと気がつくはずなのに。

だいたいからイルカ猟が始まったのは最近のことだ。

せいぜい七十数年のことを文化と言うんだろうか?

文化って何?

イルカ猟が文化なら犬を食べることもゴリラを食べることも人を食べることも女性差別も黒人奴隷もみんな文化だ。

文化を守る為に、黒人は鎖でつないでアメリカに連れて行って綿を摘ませるべき?

文化なんだから、私達女性に選挙権なんて必要ない?

在日の人にいまだに選挙権を与えない狂った国日本・・・

その日本人が大好きな言葉、右へならえ・・・

本当に、悲しくなる。

イルカ太地の水族館で出会った15歳の女の子も『文化』という言葉を使っていた。

彼女は太地のすぐ近くの新宮で生まれ育った子で、将来イルカトレーナーになりたいと言っていた。

私は水族館でイルカを飼うべきではないと思っているが、しかし彼女がイルカ好きなのは明白だし、いくら田舎の子とはいえ若い子だからインターネットなんかで太地のイルカについて世界がどう思っているのか、という知識があるかもしれない。

そう考え、少し希望を持って彼女に話しかけてみたのだが、彼女の言葉は私を暗い気分にさせただけだった。

『イルカを殺す量が減って欲しいとは思うけど、イルカ猟は太地の文化だから守っていきたいと思う。イルカを食べることも、人間は命をもらって生きていくものだから仕方ない』

見事に教科書通りの答え。

本当は水銀の問題や、そもそも動物の肉を食べない方が人間は健康に生きていけるんだよってことを教えてあげたかったんだけど、あまりにも彼女が自分の頭で考えていないことに悲しくなってしまい、私は何も言えなくなってしまった。

mimiは『15歳という年齢ははまだ若いから彼女がもう少し大人になったら変わるかもしれないよ』と言ってくれたけど、私が15歳の時といえば世の中に絶望してヴェジタリアンになろうとしていた頃だ。

だが、イルカを殺す量が減って欲しいというのは彼女の本当の気持ちだと思う。

イルカを愛する心とその肉を食べる矛盾に彼女が気付いてくれることを祈るばかりだ。

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動物の肉はタバコと同じで常習性があるので簡単には止められない。

だけどそろそろみんな気が付くべきだよ。

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目を覚ませ! イルカを殺す太地の人々よ!

目を覚ませ!! 思考を停止する日本人よ!!

目を覚ませ!!! 動物の死肉を貪る世界中の人間達よ!!!

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